Tuesday, April 1, 2014

どこでもドア.

 
春が来た。
会いたいな、会いたいな。
どこかあきらめ心が、目を覚ます。
優しい光に包まれる。
今年も、桜の花の舞台の幕が上がった。
2週間の舞台公演。
ふらりふらりと、散歩道。
何故私は、この地にいるんだろう。
居場所探しの散歩の途中に見つけた不思議ドア。
桜の木遠きにあり。
しばし、誰かを待つ。
来るはず無し、わかってるさ。
それでも、きっと来年も、このドアの前で立っているんだろうな。
生きているからこそ、桜の花と出会えるんだよ。
死んだら、おしまい。
待つこともできやしないんだ。
春の音も、雨の音も聞こえない。
どこでもドアの扉は、開かないんだよ。
生きていれば、明日への扉は、開くんだ。
さて、どんな笑顔に、会えるのかな。
それが、今日の楽しみ。
by MICHI INABA.
 
 


Wednesday, February 26, 2014

車線

 
 
 ふと気づく、私は、私の走っているレーンがいつの間にか変っている事に、きづくのです。
そうなんです、社会世界がすさまじいスピードで、動き、変っているのです。変らないのは、体だけ。
一生一bodyである。もちろん姿形は、どんどんと老いてポンコツ車。ハンドル握り、棺おけまで、走る。大きく車線変更したことは、把握しているが、車道車線が、増えたり、減ったりと、繰り返している外の景色に、自分の行き先の車線を見失っている。いや、見失っている事事態気づかないで、走っている。
 自分に向かって怒鳴る。”なにやってんだよ!”ってさ。ふと映る自分の顔は、老いていた。
 音の無い時間になると、決まって、過去の出来事や、情景、取り巻く人達そして、自分の行動が脳裏に現れる。しかし、私は、いつも今と、前、前しか考えないでいる。まあ、だから生きていられるのだろう。確かに、過去の出来事は、私の今を作り出しているのだから、消せない。良きも、悪くも。
 悔いるのは、大きな愛で、育ててくれた亡き両親に、感謝の言葉を言えてないのではっと思う
 さておき、最近は、成長した子供達と、私のこれからの心と現実の時間の流れと、段取りで、しずかな悪戦苦闘劇の真っ最中です。笑顔、笑顔も、時に仁王顔 って感じです。色々なNEWSが、毎日目にしますが、ちょっと変な社会と時代です。微妙なバランスで心と行動、人と社会、急速に進化と退化。洗脳社会。魔性世界とでもいえる中、”まさか”のボタンを踏む。何故きづかなかったのだろうか、そばで、話を聞く人、そっと見守るゆとりのある社会がないだけ、もちろん、聞く耳を持つか、持たないかでは、大きく車線は、変る。
 昨日は、昨年から、小さな反乱者に雷を落とした。占い師に振り回されているからである。私も、恥ずかしながら過去に、占い師にふりまわされて、振り返れば、馬鹿だった経験があり、理解しながらも、どうしたら、その洗脳を振り落とせるかを、苦悩していました。しかし、インターネットの中で、色々調べて、やっと、納得させれるようになりました。厄年、天中殺のテーマです。
 親の私を信じてもらうことが、できました。時には、調べ物には、進化したものに感謝です。
恐れる事は、無い!ってことです。同時進行で、別の娘の国際結婚の書類や、3分の2まできているフィアンセビザの申請の為に、奮闘中です。この件でも、戸籍抄本の英字翻訳など、インターネットには、助かりました。昔は、なかったんだもんね。”愛”を考えさせられました。なんか、忘れているテーマです。”面倒”と思った時点で万物の本物には、近づけないって事です。
                                  by Michi Inaba